【Meet KSI vol.4】
ESGとアート、
異なるアプローチで社会課題に関わる
中島 紗知さん

サステナビリティスペシャリストの育成をめざす「鎌倉サステナビリティ研究所(KSI)」のメンバーのこれまでのキャリアや、気候危機をはじめとした環境問題に関わる思い・課題を聞いていきます。今回は、 鎌倉で現代アートを取り扱うGallery Pictor(ギャラリーピクトル)を運営する傍ら、ESGリサーチャーとして活躍する中島紗知さんのストーリーをお届けします。


こんにちは、KSIでESGリサーチャーを務めている中島紗知です。

私は現在、自身が鎌倉に設立した現代アートを取り扱うGallery Pictor(ギャラリーピクトル)とKSIの仕事を兼業しています。KSIには、元同僚だった代表理事の青沼さんと友人を介して鎌倉で再会したご縁で関わり始めました。

転職をしながら経験を積み、感じたやりがい

大学では環境学を学んだのですが、当時は環境系の仕事にしっくりくるものがなく、卒業後は出版社や洋書輸入販売会社で働いていました。2000年代にCSRという概念が広がり始めると、そういった仕事に携わりたいと考えるようになり、環境マネジメントシステム構築支援やCSRのコンサルティング事業を行なっている監査法人のグループ会社に転職しました。しかしコンサルタント経験がなかったため、マーケティング部門に配属されました。

その後は少しでもESGの専門知識がつけられるようにと、シンクタンクやSRI投資助言会社など、機を見て転職をしながらリサーチャーとして経験を積みました。

2013年に大手監査法人グループのESGコンサルティング会社にコンサルタントとして就職し、ESG情報開示支援や、ESG目標設定支援などに従事しました。

コンサルタントとして関わっていた企業が数年かけてESGの取り組みを深めていく、その変化に伴走できることはとてもやりがいがありました。ESGは様々な部署の協力が必要ですし、経営層の意識変革も必要なので、調整役の担当部門・担当者は、最初はあまりやりたがらないのが普通です。それでもESG評価機関や株主などの外圧があるので、担当者は重い腰を上げて始めるのですが、コンサルタントとしてその社内調整にも力を貸しながら、徐々に他部署に協力者を作り、経営層に働きかけ、会社としての方針の策定や目標の設定にこぎつけるのはやりがいのある仕事でした。


仕事を選ぶ基準は、「なりたい自分(will)」を想像できるか

このようにESGコンサルタントとしてステップアップさせてくれた職場でしたが、5年半務めた後2018年に退職し、2019年に個人事業として現代アートのギャラリーを鎌倉で開業しました。

個人事業をやりたいという思いは20代の頃からありました。40代でそれを実現したいと思っていたところ、40歳の誕生日に長野県にあった私設の美術館を訪れ、その場の空気感に魅了されたこと、その美術館には既に他界していた絵描きの父に関わる個人的な思い出があったことが重なり、ギャラリーを始めました。

<中島さんが経営するギャラリー『Gallery Pictor』>

私が仕事を選ぶ際に大事にしていることは「自分がその仕事をしているところを想像できるか」という点です。前職のESGコンサルティング会社を退職したのは、役職を上がっていく自分の姿を想像できなくなったからです。役職が上がるほど組織へのコミットメントが求められますが、自分は仕事へのコミットメントを持っていても、組織に対してはそれほどではないと感じていました。

「自分の姿を想像できる」というのは、自分にはその仕事ができる(can)という確証があるということではありません。そうなりたいと思っている(will)ということです。

子どもの頃に感じた「このままではいけない」という気持ち

「私たちはもう人間中心主義ではいられないだろう」と近年よく言われていますが、そのことをガツンと教えてくれたのは、子どもの頃に観たアニメ映画『風の谷のナウシカ』(原作:宮崎駿、徳間書店)です。「君たちの未来はこうなる」と残酷な未来を突きつけられ、当時子ども心に「このままではいけない」と思いました。

それから30年以上が経過して、気候変動はより一層進んでしまったし、もう手遅れなのではないかと思いながらも私がESGの仕事にやはり取り組むのは、人間以外のどんな生命も諦めるということはしないからです。季節が巡るたび、異常気象に翻弄されても花を咲かせ、種を付け、冬を越えて芽吹く植物や、都市化された場所で住み処を見つけ繁殖する鳥たち、プラスチックの漂う海でも群れをなして泳ぐ魚たち。2016年に逗子に移住して海に潜るようになりましたが、逗子・葉山の海にはとても豊かな生態系が広がっています。

<住まいのある逗子・葉山の海でスノーケリングをする中島さん>

イギリスの細胞生物学者でノーベル生理学・医学賞受賞者であるポール・ナースは、著書『WHAT IS LIFE? 生命とは何か』(ポール・ナース著 / ダイヤモンド社)の中で、人間には特別な責任があるのだと述べています。生存するため以外の目的意識を持つことができ、想像的な思考ができて、少なくともこの地球上において唯一、生命全体のつながりに思いを馳せることのできる生命体としての責任です。

責任というと義務的な感じがしますが、responsibilityという言葉は、responce=応答する ability=能力 と分解することができるので、もっと能動的な意味に捉えて良いと思います。

「アート」は本質的に大事なことに気づかせてくれる

ギャラリーを始めた当初はふわっとした気持ちでしたが、それまで環境問題や社会課題に向き合う仕事をしてきたこともあり、いざ始めると自分なりの課題を見つけ、使命感に目覚めました。アーティストの考えていること・感じていることが、今現在と未来の社会において必要だと思えるかどうか、そういう観点で展示を企画するようになりました。

アートは社会課題に対して直接的にソリューションを提供するわけではありません。しかし、アーティストは本質的に大事なことに気づく力があり、それを掘り下げる意思があり、可視化して伝える技術があります。この3つの特殊技能とも言える能力は、私たちの誰もが身につけるべきで、そういう人が増えれば増えるほど、社会課題に対処できるのではないかと思っています。アートには即効性はないのですが、本質的に大事なことを捉えられるようになることは、社会にとって必要なものだと思えます。

私自身が、ESGのコンサルティング会社で仕事をしていた時、本質的に大事なことよりもそのプロジェクトを無事に着地させることを優先させてしまうことがしばしばありました。これは仕事の話だけではなく、私たちは目の前の成功や経済的な成長を優先し続けた結果、気候変動の進行に加担してきてしまったのではないかと思っています。

     こういうことはESGの仕事を離れてギャラリーを始め、アーティストと話すようになってから逆引きで気づいたことです。ESGの仕事をしている時は、これがベストだと思ってやっていました。あるいは気づいていてもどうにもできないと思っていました。だから、今の私にできることは、即効性のある実務的な仕事をしながらも、本質的に大事なことに気づいたら立ち向かえる人を、アートを通じて増やすことなのではないかと思っています。


ダブルワークは、どちらの仕事も自分にとって大切であることが一番大事

ダブルワークを実践するにあたって、仕事仲間や家庭など、周囲の理解が得られているという前提で、自分のモチベーションと時間を管理しながら、並行している仕事がいずれも自分にとって大切であることが一番大事だと思います。どちらかの仕事を優先したいと思ってしまうと成立しないですし、仕事で関わる人たちにも迷惑をかけてしまうからです。

 私の場合は、ESGとギャラリー経営という全くの異業種ですが、相互補完的です。ESGは、その重要性について既に社会的に共通認識ができていて、あとは粛々と進めるべき仕事ですが、今ESG課題となっていることは、時間を遡れば社会の周縁で見過ごされてきたものが多い。私にとってギャラリーの方は、今の社会でまだ共通認識がないことについて考え、発信していく仕事です。