【Meet KSI vol.3】
社会を豊かにするビジネスを
胸を張って引き継げるように
代表理事 青沼愛

サステナビリティスペシャリストの育成をめざす「鎌倉サステナビリティ 研究所(KSI)」のメンバーのこれまでのキャリアや、気候危機をはじめとした環境問題に関わる思い・課題を聞いていきます。今回は、KSIの代表理事で、KSIが提供する講座コンテンツの講師も務める青沼愛のストーリーをお届けします。


こんにちは、鎌倉サステナビリティ 研究所代表理事の青沼愛です。

KSIは、サステナビリティに関わる仕事をしている人/したい人の知見を高めるために学びのコンテンツを提供することをメインに活動しています。

代表理事として団体の運営と事業に責任を持ちながら、KSIが提供する講座の講師も担当しています。KSIは小さな団体ですので、どうすれば少人数でも良いコンテンツを提供することができるか、よりインパクトのある事業を創ることができるか、試行錯誤しながら運営しています。

また、KSIと並行して、個別にソーシャルオーディットの仕事や、サステナビリティに関するコンサルタント業務も行っています。昨年からは、水と衛生に関する国際NGO・ウォーターエイドジャパンで理事として関わらせて頂いています。

「ビジネスが社会へ良い影響を与える方法はないか?」ビジネスの現場で学んだサステナビリティ へのヒント

私は小さいころから国際問題に関心があり、なぜ世界中で格差があるのか、なぜ戦争が起こるのか気になっていました。大学時代は紛争について学び、卒論は戦争経済について取り組んだことから、世界の大きなお金の動きに興味を持ち、卒業後は外資系ビジネスイベント会社に就職しました。

グローバルで活躍する大企業の方々と仕事をしながら、ビジネスのチカラはすごいなと思う一方、それによって負の影響を受ける人々もいる怖さも感じていました。そんな時、リーマンショックが起きました。当時の会社も影響を受け、あっという間に日本支社縮小で私が所属する部署が無くなりました。 

就職活動をしている時に出合ったのが、責任投資( SRI = Social Responsible Investement)という考え方です。儲かるか・儲からないかだけでなく、意思を込める投資の仕組みに衝撃を受け、SRIに関する業務を行う会社に就職しました。

とはいえ、当時日本では”CSR”や”エコ”といった言葉が表面的に使われ、企業の責任については『利益をどう社会に還元していくか』の議論が主流で、事業活動による負の部分も含めた社会へのインパクトはまだ今ほど重視されていませんでした。

学生時代のボランティアをきっかけに支援し続けていたバングラデシュの小さな学校では、子どもたちの親は現金収入を得るために都会に出稼ぎに行きます。でも、働く工場は決して良い環境ではないと耳にしていました。彼ら・彼女らが働く工場で作られたものは先進国に輸出されているのに、どうして企業は、商品が作られている工場の労働環境を気にしないのか疑問に思いました。

日本でCSR活動に積極的と知られている企業でも、製品を作る開発途上国の製造現場が取り残されているように感じました。

利益の源泉であるビジネス活動そのもので、社会にとって良い影響を与える方法はないかと考えるようになりました。


ビジネス活動へ改善を促す「ソーシャルオーディット」という仕事

「ソーシャルオーディット」という仕事に出会ったのはその頃です。 

ソーシャルオーディットとは、日本語では「社会的責任監査」と呼ばれ、製品を製造する自社工場や、サプライチェーン上にある取引先工場での労務・人権・環境などについてチェックを行い、問題があればその改善を促すことです。

日本でソーシャルオーディットに関わる会社が見つけられなかったので起業し、バングラデシュに住みながら現地の縫製工場を訪問したり、現地NGOとの調査をしていた2013年、ラナプラザビル崩壊の事故が起こりました。大手アパレルブランドの下請け縫製工場が入っていた建物が崩壊し、1,000人を超えるワーカーが亡くなるという大惨事が起きたのです。この衝撃的な事件をきっかけに、企業の利益追求のために誰かがそのしわ寄せを受けるという社会構造を変えるのには、企業の意識を変える必要があると強く感じ、大手アパレルブランドのサステナビリティ部に転職することを決めました。

ありがたいことに、その会社ではたくさんの経験をさせて頂きました。その後、こういったビジネスと人権の問題は、アパレル業界だけでなく、PCやスマホなどの電子業界、食品業界など、その他の業界でも起きている事、そして開発途上国だけでなく日本にも深刻な問題がある事を知り、フリーランスのソーシャルオーディッターとして独立する事にしました。

そのタイミングで新しい事も始めたいと思っていたので、業界を超えたサステナビリティ を軸とした学びの場として、KSIをスタートさせました。

社会を豊かにするビジネスを胸を張って引き継げるように

アパレル業界は、環境負荷が石油産業に次いで2番目に大きな産業と言われ、気候変動への影響も甚大です。

「より安く・より速く」を求め、大量生産、大量消費が加速した結果、製造工程で大量の水やエネルギーを使用し、二酸化炭素排出は国際線航空便や海運よりも多いと言われています。特に良く使用されるナイロン、ポリエステル、アクリルなどの合成繊維は、石油由来の繊維の為、製造工程でコットンよりも約3倍近くのCO2を排出し、しかも洗濯することで大量のマイクロファイバーを海に流し、海洋プラスチック汚染も引き起こしています。大量廃棄によるごみ問題も深刻です。

「ものづくり」の精神は素晴らしいです。でもシステムに問題があると思っています。システムを変えなければせっかくの良いものづくりも、未来を暗くすることに加担してしまいます。本来、人の生活を豊かにするはずのビジネスを、将来の世代にも気持ちよく胸を張って引き継げるように、ネガティブな側面は無くしていきたいと思っています。


取り組む問題の大きさに感じる無力感 – 自分の感情と向き合うことの大切さを学んだ

気候変動や社会問題に取り組んでいると、その問題の大きさに、嫌になってしまうこともあります。自分にできることがなんと小さいことかと無力感に苛まれてしまうのです。

そして、反対の意見の人たちや、問題と無関係だと思っている人たちと、どうやって一緒に取り組んでいけるのかが見えなくなる時も、難しさを感じます。自分の中のネガティブな感情や、周りのネガティブな雰囲気と、向き合っていく方法を見つけなければいけないと思います。

一方で、自分のやりたいことと仕事が一致するということは、とても幸せな事だと思います。その思いに共感する人たちと、会社や組織、国を超えて分かり合える、通じ合えるのが嬉しいです。

一つの評価に振り回されないパラレルワークという働き方

複数の仕事を並行して行う「パラレルワーク」を始めて、私は気が楽になりました。

会社員の時は周りの評価を気にしてビクビクしたり、上司の言葉一つひとつに反応したりしていたのですが、パラレルワークをする事で、一つの評価だけに振り回されなくなりました。この仕事ができなくなったら収入がゼロになる、という収入面の不安がなくなったのも気が楽になった要因です。

一方、自分のパフォーマンスへの責任は感じます。昨年体調を崩してしまったのですが、働きすぎたり追い込みすぎても良い結果を招きません。自分の事は自分でしっかり気を使わなくてはと思います。

それから、なぜ限られた時間を「それ」に使うのか、しっかり意思を持つことの大切さを感じます。意思がなくブレてしまうと、パフォーマンスが落ちてしまいますし、一緒に仕事をする相手に失礼な結果になってしまうからです。

全部は続かなくても、本当に必要なものはちゃんと残る

私は転職経験も多くそのおかげで気づいた事は、「自分がいなくても世界は回る」ということです。もしかしたら薄情な考え方に映るかもしれませんが、実際多くの場合、仕事を代わってくれる人はいます。

けれど自分の代わりはいません。自分の心と体を大事にするのが一番です。

そう思うと気が楽になって、せっかく一度しかない人生だから、失敗してもいいからやってみよう!と思える気がします。やってみたい。興味がある。そう思う事は何でもやってみたら良いと思います。いろいろ試してみると、結局全部は続かなくて、本当に必要なものだけちゃんと残る気がします。